私、ディードリ・デピュウ・ヒュイゲンスは合衆国の市民として、モンタナ州で生まれました。メーン州で過ごした7年間を除けば、ほとんどモンタナ州の首府、ヘレナで育ちました。私が始めて日本へ旅したのは、15才の時で、その時私はモンタナ州の姉妹県である熊本県へ第1回親善使節団の最年少者として派遣されました。その後私はモンタナ州立大学(MSU)で学びました。その間私は大阪府にある関西外語大学で1年間交換留学生として日本文学と芸術を研究しました。私はフランス語と商業の二つの学士号を得てMSUを首席で卒業しました。

私、オスカー・C・ヒュイゲンスはオランダ国の市民ですが、フランスで生まれ育ちました。1985年私は「アメリカ未来農民財団(FFA)」が後援する交換留学生計画に則って、始めて合衆国へ行きました。FFAに従っている間、私はアリゾナ州のクルミ栽培農家で働き、次にワイオミング州の二つの牧場で働きました。その一つはデヴィルズ・タワーの足下にある「デヴィルズ・タワー観光牧場」で、もう一つは合衆国最大の牧場の一つである「パドロック牧場」でした。 それから私はモンタナ州立大学の学生となり、そこで農業経営の学士号を得て、成績優秀で卒業しました。学生時代は夏休みを利用して、マサチューセッツ州のボストンとカリフォルニア州のナッパで働いたこともありますし、またちょうどイェローストン国立公園の北の境界に在って、ロッキー山脈中の「アブサロカス・ベアツース野生区」で二度ほど羊飼いをやったこともあります。

私たち、オスカーとディードリーはMSUの学生時代に知り合いました。卒業後、私たちは日本に来て、結局10年間もそこに腰を据えてしまいました!私たちは英語やフランス語の教師として私立や公立の学校、並びに長野県松本市にある信州大学で働きました。 ディードリーはそれから初めは信州大学の聴講生になり、次に研究生になって、日本文学、特に志賀直哉という作家の研究をつづけました。オスカーも信州大学の学生になり、そこでやがて理学博士号を取得しました。彼の専門は、この国の広範な地域に生息しているけれど、余り研究されていないアジアツキノワグマの生態と保護に関わることです。

私たちの二人の子どもは日本で生まれ、日本語と英語に堪能になりました。英語は私たちが家庭で普通話している言葉です。私たちは今学校がある間はフランスに住むことを選んでいます。これは私たちの子どもに父系のフランス語能力を身につけてもらいたいからです。しかし、夏はワイオミングで過ごします。これは私たちの子どもに母系のアメリカ遺産を発見してもらいたいからです。ワイオミングではオスカーは現在デヴィルズ・タワー観光牧場の総支配人をしていますが、この牧場こそ1985年に彼が始めてアメリカへ行ったときに働いた縁(ゆかり)の牧場なのです。

私たちは疲れを知らず、とことん愉快なホストですから、私たちがご案内する皆様のツアーが発見と笑いに満たされることは請け合いです。 フランスでは、景色や建築や歴史を通してだけではなく、またその文化や土地の人々との交流を通じても、皆様がこの国を発見できるようにお手伝い致します。 アメリカ西部では、私たちは素晴らしい風景の中で生きている多くの動物たちを皆様にお見せして、そこで生起している生態学的な過程を皆様が理解するお手助けをするだけではなく、皆様ご自身が西部の人々が営むさまざまな正真正銘の活動を通じて西部を100%体験することが出来るでしょう。 さあ、私たちと一緒に出かけましょう!

   


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オスカー C. ヒュイゲンスとディドリー デピュー-ヒュイゲンス